分子薬物動態学教室

分子薬物動態学教室

Researches研究内容

 生命は生体内における物質の質的な変化、量的な流れの微妙な調節によって保たれている。薬物の作用もまた生体内の薬の動きによって大きく影響を受ける。試験管の中では薬理作用を持つ化合物も、生体内に投与した場合には必ずしも期待される効果が得られない事があるのは周知の事実である。これは投与された化合物の濃度や暴露時間を十分確保できないためである。従って、生体内での薬の動きを予測し、薬効が期待できるのかどうか早い段階で評価する方法論の開発は医薬品開発のリスクを大きく軽減することができる。また、薬の排泄経路についても、単一の消失経路では薬物間相互作用や遺伝子多型など個人差の影響を受けやすいため複数の排泄経路を持つ医薬品を開発することがより安全な医薬品による疾病治療のためには必要である。その上で、標的臓器に選択的に薬を分布させるようなドラッグデリバリーシステム(DDS)を開発し、薬の体内動態を制御することで、医薬品による疾病治療の効率が飛躍的に上昇することが期待される。当研究室では、これを最終目標におき、薬の体内動態における支配要因の解析、特に生体膜透過機構の解明を行っている。

 これまで、医学、薬学の分野では、個体レベルでの現象の本質(機構)を理解するために、臓器、細胞、蛋白、遺伝子レベルへと遡る解析的な研究が推進され、大いなる成果をあげてきた。しかしながら、こうして解明された分子レベルでの機構をもとに、個体レベルでの現象を定量的に再構築する事を可能にするような方法論が開発されない限り、“効果と安全性の予測と制御”という上記の目的を果たすことはできない。医薬品が最終的に薬効を発揮するためには、(1)投与部位から循環血中への吸収過程、(2)代謝、排泄などの解毒過程、(3)薬効、副作用に関わる組織への移行過程、(4)薬効に関わる受容体への結合、それに続く薬効発現などの諸過程を経なければならない。これらの諸過程は、臓器血流、細胞内外のpH差、電位差などの生理解剖学的パラメーターと、血中、組織中の蛋白への結合性、生体膜透過性、輸送担体(トランスポーター)および代謝酵素と薬物の相互作用、薬効および副作用に関わる受容体への結合、情報伝達過程などを表す生化学的パラメーターにより表現することが可能である。従って、これらパラメーターを適切な数学モデルに組み込むことにより、“薬の投与量、投与経路”、“投与される患者の病態”という入力情報から、“薬効および副作用の発現”という出力を予測する事を試みており、既にいくつかの成功例を得ている。実際に動いている実験手法は、細胞生物学、分子生物学の研究室と同様のものが多いが、その背景となっている”生体内でのダイナミックな薬物分子、蛋白分子の動きを定量的に解析をする”という基本理念において、他の研究室との違いがあると考えている。現在、具体的に進行している研究テーマは下記の5つに分けることができる。